ワンヘルス(One Health)は、人、動物、環境は相互に密接な関係があり、それらを総合的に良い状態にすることが真の健康である、という概念です。グローバル化が加速し、世界的な人口増加の中、環境・食糧・感染症といった、人類共通の課題がクローズアップされてきます。このような課題の克服には、世界は一つ、健康も一つ ”One World, One Health” の観点から、地球規模で、分野横断的なアプローチが求められます。この講義では、広い分野から専門の先生を招き、ワンヘルスの概念を念頭に、健全で持続可能な社会を構築していくには、これからどのようなことが求められるか、考えていきます。

ワンヘルスの概念と文化現象としての病

 第1回  9/28(金)

芳賀 猛(農学部)・梶谷 真司(教養学部)

このコースでは、ワンヘルスという概念で、健全な社会について考えていきます。初回は、コース概要と、ワンヘルスの考え方を説明しながら、コーディネータとナビゲータから、話題を提供します。健全な社会を構築するためには、どのような課題があるか、総合的にみていきます。

病気も健康も、けっしてたんに身体だけの問題ではなく、人間が生活する環境全体との関わりの問題です。したがってそれらは、時代や社会のさまざまな条件――政治、経済、産業、階層、貧富、衣食住、価値観や世界観など――によって異なる広い意味での「文化現象」です。医学をはじめとする自然科学のみならず、人文社会学的な視点からも健康と病気について考えてみましょう。

水生動物の感染症と人間社会

第2回  10/5(金)

伊藤 直樹(農学部)

一般に馴染みは少ないが、水生動物にもウイルス・細菌・原虫・寄生虫といった病原生物が存在します。多くの場合、病原生物と宿主間には一定のバランスが保たれていると思われますが、移植や養殖といった人為的活動により両者のバランスが崩れ、結果として社会的に重大な感染症問題になることがあります。また、水生動物の人類社会における役割は食料としてだけでなく、ペットや生物素材、さらには観光資源等としても大きくなりつつあるため、感染症が我々に与える影響も多様化することが予想されます。本講義では実例を挙げながら水生動物の感染症と人間社会との関係を説明し、今後の健全かつ持続可能な社会の構築に必要な事柄を考えていきます。

人と動物の健康を守る国際機関の活動

第3回  10/12(金)

釘田 博文(国際獣疫事務局(OIE)アジア太平洋地域事務所)

OIE(国際獣疫事務局)は、パリに本部を置く国際機関であり、世界の動物の衛生と福祉の向上に関する活動を行っています。私たちの生活に身近な伴侶動物、食料供給の一部を担う家畜や水産動物、さらに地球環境あるいは周辺環境を通じて人間社会とも密接に繋がっている野生動物。これらの動物たちの健康、そしてその健康を守るための活動は、人間の健康と深く結びついています。動物の健康を守るためにOIEが行っている様々な活動のほか、国際社会においてOne Healthの考え方の下でOIEと緊密な協力関係にある世界保健機構(WHO)、国際連合食料農業機関(FAO)との活動状況などについても紹介し、その意義や課題等について考えます。

顧みられない熱帯病

第4回  10/19(金)

松本 芳嗣(農学部)

最貧層の人々を苦しめる感染症に、WHOは「顧みられない熱帯病 (Neglected Tropical Diseases; NTDs) 」という名を与えました¹⁾。これらの感染症は人々に健康被害を与えるのみならず、経済発展に対しても大きな障害となっています。NTDsを顧みてこなかったわが国を含む経済大国は、持続可能な開発目標(SDG)にNTDs制御を盛り込み、貧困撲滅、平和構築への大きなステップと考え、取り組を強化しています。NTDsの大きな特徴の一つは、その伝播サイクルに家畜、野生動物、昆虫など多様な生物がかかわっていることです。治療薬およびワクチンの開発にとどまらず、媒介生物、病原体保有動物、および病原体の生態を含めた、健康な生物環境形成のための技術革新、意識改革など、新しい取り組み(ワンヘルス)がNTDs対策のために必要とされています。

¹⁾http://www.who.int/neglected_diseases/diseases/en/

栄養疫学の視点から

第5回  10/26(金)

佐々木 敏(医学部)

「栄養疫学」は、人が食べている栄養素・物質・食品・料理などの摂取状況ならびにその関連情報(食行動など)を、実験室内ではなく、実際の生活環境下で調べ、疾病の予防や治療、健康の増進に役立てるための科学です。人はだれでも、生涯、食べ物を食べ続けます。したがって、食べ物を食べる人の側から見る「栄養疫学」は人の健康を探り、人の健康を支えるうえで重要な科学のひとつです。本講義では、例を交えて「栄養疫学」を概説するとともに、そのための基本的測定方法である「食事アセスメント」を中心に解説します。科学としての栄養疫学の難しさとその魅力、そして、その社会的使命について理解を深めます。

個人と社会のこころの健康

第6回  11/2(金)

笠井 清登(医学部)

人は、日々の暮らし(生活)を送り、ひとりひとりの望む人生を歩んでいきます。個人のこころの健康を考えるうえで、この「生活」と「人生」という日常用語を科学として考えていく必要があります。また、いわゆる「こころの健康社会」のあり方を考えるときにも、社会を作っているのは個人であり、また個人は社会からの影響を受けるという、双方向モデルを考える必要があります。

精神科臨床医の経験から、生活、人生、個人、社会についてお話してみたいと思います。

伴侶動物と人間社会

第7回  11/9(金)

佐々木 伸雄(農学部)

犬や猫などのいわゆる伴侶動物は最近やや減少したとはいえ、現在あわせて2000万頭に近い数が日本で飼育されています。伴侶動物飼育の理由として、癒し、重要な家族の一員として、などが多いものと思います。一方、日本は核家族化、高齢化社会が急速に進行しています。これらの動物の飼育は、高齢者の健康寿命の延長に大きな役割を果たしていることが、海外を中心に広く知られており、また我々も獣医療を通してしばしば経験しています。高齢者、特に独居老人に関し、動物との共同生活は、生活のリズム、あるいは毎日の仕事を与えるという点で、大きな意味を持つと考えられます。この講義では、人と動物の関係とともに高齢化社会での動物飼育に関わる問題を中心に議論したいと思います。

メカノバイオエンジニアリングによる次世代型の医療

第8回  11/30(金)

高木 周(工学部)

高齢者が健康に活き活き暮らすことは,若者も含めた社会全体の活性化や医療費削減の観点から大きな意義を持ちます。そのような状況を達成するためには,重篤な病態へと向かう可能性のある疾患をなるべく早期に発見し,体に負担のかからない状態で早期に治療することが,大切です。本講義では,そのような観点から次世代型の医療技術として期待されている,コンピュータシミュレーションによる医療応用技術について紹介します。ここでは特に,医用画像データを用いた生体力学シミュレーションにより,疾患の早期発見,早期治療に結びつけていくメカノバイオエンジニアリングに基づく基本技術に関して説明します。このような技術の開発は,ヒトの健康寿命に対する影響だけでなく,これまで動物実験により行われてきた検証を,シミュレーションにより代用することを可能とし,動物実験の回数の削減などの観点からも期待されています。

One Healthをめぐる「われわれ」の協力は可能か?

第9回  12/7(金)

神馬 征峰(医学部)

One Healthが地球規模課題になって以来、グローバルヘルス分野において当初から取り上げられてきたテーマは薬剤耐性(Antimicrobial Resistance: AMR)対策です。AMR対策とは、一言で言えば「開発された薬剤が可能な限り長期にわたって使えるようにすること」であり、それを可能にするためには「昨日のわれわれの行動」を正すことが必須です。「われわれ」とは、市民、獣医、医療関係者であり、農畜産業漁業関係者でもあります。「われわれ」とはまた、先進国と途上国の関係者全員でもあります。「われわれ」が一つにならずしてOne Healthの実現は困難です。しかし、「われわれ」は政治的に対立しており、一つになっていません。この困難を乗り越えるためには「今日のわれわれの行動」が鍵となります。

歴史の中の動植物資源と経済活動

第10回  12/14(金)

谷本 雅之(経済学部)

動植物は、歴史的に人間の経済活動にとって依拠すべき資源であるとともに、その再生可能性は、経済活動の在り方によって、大きな影響を受けてきました。本講義では、動植物を主たる資源としつつ、しかし一定の市場経済化と経済発展が観察される江戸時代の経済社会に着目し、人口増加や、所得の増大を可能とする経済活動の活発化が、どのように動植物の資源化と再生との関係を変えていくのか、そこに江戸時代経済の基層である小農社会の在り方がどのように関わっていたのかを見ていきます。それを踏まえ、小農社会の経験が、近現代の日本経済の在り方に影響を及ぼしている側面にも言及します。

リスク・コミュニケーション、災害とOne Health

第11回  12/21(金)

関谷 直也(情報学環)

BSE、鳥インフルエンザ、口蹄疫など人畜共通感染症が問題になるとき、そのリスクの有無にかかわらず、社会においては地域・経済に与えうる悪影響が問題となります。それはしばしば「風評被害」という名で評されることが多くあります。この、いわゆる「風評被害」は災害時の経済被害の一形態であり、災害による物的破壊とならんで、地域・経済に多大な影響を与えるものです。また、現在、東京電力福島第一原子力発電所事故後、長期に避難せざるを得なかった地域は、イノシシ、猿などの獣害被害を受けつづけています。かたや放射線量に対する不安などもあります。動物、植物など生態系の変化それ自体が様々な形で住民の帰還、復興を困難にし、住民の生活・健康に影響を与えている現状もあります。本講義では、風評被害を中心に、リスク・コミュニケーション、災害とOne Healthの接点について論考します。

人の心の社会性

第12回  12/25(火)

亀田 達也(文学部)

今日の世界では、格差や貧困、モラルの分断をめぐる議論が絶えません。例えば、2000年代以降の米大統領選挙をめぐる争点は “正義”をめぐる問題を軸に展開してきたと言えるでしょう。学問の世界では、モラルや正義に関する検討はこれまで哲学や倫理学を中心とする規範理論の立場から行われてきました。しかし近年、ヒトやヒト以外の霊長類の分配行動を中心に、社会科学の諸領域が脳科学・生物学と連携するかたちで、正義を支える心的メカニズムについて解明し、記述理論を作ろうとする実証の気運が生まれています。本講義では、分配の正義を軸にモラルの起源を考えると共に、それがどのような今日的意義をもつかを議論します。

国際行政の視角から

第13回  1/11(金)

城山 英明(政策ビジョン研究センター)

国際行政では機能的分野毎に組織化が進んできました。国際保健についてはWHO(世界保健機関)、国際人道問題については国連OCHA(人道問題調整事務所)、食品安全に関してはWHOとFAO(国連食糧農業機関)の合同プログラムであるCODEX委員会が設置されています。また、貿易を阻害しない観点から、WTO(世界貿易機関)は各国の措置がリスクに基づいたものであることを求めています。これらの国際組織は主として人間の健康・安全を管轄対象としていますが、人間の健康・安全と動物の健康・安全は密接に関係しています。エボラ出血熱、AMR(薬剤耐性)、BST(Bovine Somatotropin)といった課題への対応を通して、このような関係の管理の課題について検討します。